ライティングテクニック 第36講●「書くのが苦手」本当にそうですか?
今日の講義は、
「書くのが苦手」本当にそうですか?
というタイトルで、書くことへの苦手意識を
追放することについてお話します。
僕の運営している塾のワークでも取り上げたテーマですが、
・気持ちが楽になった
・肩の力が抜けて書くことへの抵抗が少なくなった
といった意見が塾生たちから寄せられたので、
メルマガ読者のあなたにもシェアしたいと思います。
それでは、今日の講義を始めます。
◆苦手意識を今日限り追放しちゃいましょう!
◇「書くのが苦手」本当にそうですか?
あなたが「書くのが苦手」と
思うようになってしまった原因は何でしょう?
たいてい小学校から「作文」を書かされますよね。
僕が思うに、苦手意識を持ってしまう原因は、
この強制的に書かされる「作文」にあるように思います。
はっきり言って、あれが苦痛でない人って、
ほとんどいないと思います。
僕は作文は得意で、書いたものはほとんど全部
コンクールに提出されてしまったため、残っていません。
残っているのはタイトルが書かれた賞状だけです^^;
でも、そんな僕でも、「書けなかった」経験があります。
それは、小学校の修学旅行の作文です。
小学校の修学旅行は東京だったのですが、
国会議事堂とか、科学技術館とか、東京タワーとか、
社会科見学みたいなもので、何も楽しくなかったんですね。
何かを見ても、「ふーん、そうなんだ」と思っただけで。
そのことに対して、何か「感動した」ことを書けと言われても、
感動なんかしてないので、書けないわけです。
1時間、どうしても書くことができず、白紙で提出しました。
後で先生に怒られて、1時間正座させられました。
もしかしてあなたも作文に対して、
僕のような嫌な記憶を持っているのではありませんか?
だとしたら、もう今日限りそんな記憶とはさよならしましょう。
◇ 「感動」は強制からは生まれない
小学校の作文教育をどうこう言いたい訳ではありませんが...
僕たちが受けてきた作文教育には、明らかな偏りがあります。
簡単に言うと、こういうことをやらされるわけです。
☆ 文学作品を読んで、感動したことを書きなさい
無理矢理、課題の本を読まされて、感動なんてできます?
読みたくない本を読まなくてはいけなくて、頭に入ります?
古い文学作品を読んで、感情移入なんてできます?
はっきり言って、ミハイルだのフョードルだの三四郎だの、
誰?って感じですよね。
そんな苦痛なことをやらされ続けてきたのですから、
「書くこと」自体が嫌いになっても、仕方ないと思います。
そんな作文を、僕はなぜ書けたか?というと、
大人の顔色をうかがうのがうまい子どもだったんですね。
こういうことを書けば先生は喜ぶだろう...と。
嫌な子どもです。
なので、まともな人が作文を苦手になるのは
当たり前なんです。
◇ 安心してください
安心してください。
「書くこと」は、文学作品を読んで感動しなければ
できないことではありません。
そして、嫌な記憶は、もうどこかに放っちゃってください^^
「書くこと」とは、
☆ 人に伝えたいことがある → 文字にして伝える
これだけのことなんです。
そこには非常にシンプルな法則があります。
本当にシンプルです。
勉強するまでもないくらい、
ちょっと気づけば良いだけのことです。
・自分の書いたもので、心を動かしてくれる人がいる
・自分の書いたものを、役に立ったと言ってくれる人がいる
・自分の書いたもので、「ありがとう」と感謝される
・自分の書いたもので、一緒に喜んだり悲しんだりしてくれる人がいる...
書くこととは、あなたの頭の中にあることを人に伝えて、
それが人の頭の中で化学反応を起こすという、
非常にエキサイティングな体験です。
面白いと思いませんか?
わくわくしませんか?
心が躍りませんか?
「受け手」から「発信する側へ」、
ちょっと意識を転換してみることで、
あなたは「わくわく」を作り出す主人公になれます。
◇ うまく書こうと思わないでください
文章を書く際、うまく書こうと思う必要はありません。
伝えたいことが伝わるように、
あなたの精一杯を文字にしてみましょう。
最初から思うように伝えることはできないと考えて、
気楽に肩の力を抜いて、楽しみながら書いてみましょう。
楽しみながら書くことを続けていれば、
必ず「書く力」「伝える力」がUPします。
少しずつでも「書くこと」を習慣化していくことで、
やがて楽しくて仕方なくなります。
まず、苦手意識を今日限り追放してしまいましょう!


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